おでかけ

【西脇市民会館】2021年3月末に閉館するモダニズム建築を見学

西脇市民会館・2階より
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2017年4月、阪急バーチャル駅長就任直前に18きっぷで旅したのは兵庫県中央部にある西脇市。

書いた喫茶マンボの記事をこのブログに転載したら、西脇市の地域メディア「マルブンノイチ」を運営している方が読んでくださり、西脇市で行われるイベントのお誘いをいただきました。

あいにくイベントには参加できなかったんですが、そのお詫びに再度西脇に行く機会を伺っていたら時間ばかりが過ぎ、コロナで隣県に行くことすらままならない状況に……。

「見学は次回に」と見送った「西脇市民会館」が閉館するギリギリのタイミングで、ようやく西脇に向かいました。

閉館する西脇市民会館を見学

西脇市民会館・外観

西脇市民会館・全景外観は打ち放しコンクリート
西脇市民会館・池のオブジェ会館脇にあるオブジェ

 

西脇市民会館は兵庫県のほぼ中央に位置する北播地域(西脇市・三木市・小野市・加西市・加東市・多可町の5市1町からなる)初の市民会館として1966(昭和41)年にオープン。

建築は根津耕一郎。

建築家・根津耕一郎とは

根津耕一郎は1960年代から70年代を中心に、公共建築から商業施設や住宅まで、種類も規模もデザインも実に多様な建物を、関西を拠点として数多く設計した建築家である。

根津は1933年に神戸市に生まれた。1956年に神戸大学工学部建築学科を卒業して日建設計に入社し、名古屋支社に勤務した。その後、東畑建築事務所に移り、1962年に独立して根津建築事務所を大阪に開設した。
その直後から次々と大きな仕事を手にし、実現する。川沿いの崖地に建つ巨大 なホテル奥道後(1967年)、コンクリート打ち放しのダイナミックな造形が印象的 な西脇市民会館(1966年)、西脇市庁舎(1968年)、日本万国博覧会協会本部ビル(1968年)、繊細なカーテンウォールの大阪弁護士ビル(1970年)、特徴的なデザインで街の風景を変えたドライブイン・レストラン・ロマン(1968年)、グランド六甲ボウリングセンター(1971年)などである。

いずれも根津が30歳代の作品であるが、そのことがにわかには信じられないほどの完成度だ。さらに、大阪万博エキスポランド(1970年)などの遊園地の設計やランドスケープデザインにも手を広げており、文字通り早熟の才人といってよい。

引用:https://www.onvisiting.com/2019/10/25/hyogo-20191116/

西脇市民会館・玄関周り

西脇市民会館最終公演のポスター最終公演は三遊亭円楽さんの独演会

西脇市民会館・1階

まずは1階を見学。

週末に閉館公演が迫っているからか、ホールの扉は閉ざされていました。

二階への階段にも立ち入り禁止の札が下がっていましたが、職員の方に交渉し見学を許可していただきました。

 

魅力的なタイルの柄
西脇市民会館・1階奥から 西脇市民会館・1階階段全景 西脇市民会館・1階階段裏 西脇市民会館・1階階段
西脇市民会館・1階から見上げた照明根津先生が自らデザインした照明

 

西脇市民会館・2階

西脇市民会館・2階より 西脇市民会館・2階斜め 西脇市民会館・2階チェア
西脇市民会館・2階パーテーションミッドセンチュリーデザインなパーテーションがあるこのスペースは各種展示ギャラリーとして使用できる展示場なんだとか

 

西脇市民会館・2階から見る照明照明と一緒に播州そろばんの玉のようなオブジェが吊り下げられている
西脇市民会館・2階階段途中から 西脇市民会館・2階青い壁 西脇市民会館・2階から見下ろす階段

まとめ

見応えのある空間でしたが耐震補強ができないため、閉館後に取り壊しが決まっています。観光資源になり得る貴重な建築物なのに、もったいない。

4月半ばまで仕事が多忙なためブログは休止していますが、閉館前に取り急ぎ更新しました。

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