喫茶店案内

【石川・かなざわ喫茶村】芸術とコーヒーを愛した店主の夢の成果

鞍信一

「喫茶のすたるじあ」はその名の通り(?)現在と過去を行ったり来たりしながら書いているブログです。

ブログを書くことで記憶を繋いでいきたいという思いもあるので、数年前の訪問記や閉店した喫茶店の話題も同列に扱っています。

以前取り上げた岡山の「喫茶東京」は閉店して3年経ちましたが、随分後になって閉店を知る人もいるでしょう。

そんな人のために在りし日の姿を載せています。

夢の喫茶店。かなざわ喫茶村とは

今日書くのは1933(昭和8)年に創業し、1993年に閉店した石川県金沢市の「かなざわ喫茶村」のこと。

かなざわ喫茶村外観

 

金沢における名曲とコーヒーの元祖「喫茶モナミ」の入った忍者屋敷のような建物が「かなざわ喫茶村」です。

 

かなざわ喫茶村店内

古い情報誌などを参考に喫茶店めぐりをすることも多いのですが、昭和57年発行・月刊喫茶店経営別冊「blend」による「かなざわ喫茶村」の特集を見て度肝を抜かれました。

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かなざわ喫茶村の詳細

  • 喫茶村というのは、3階建てのビルの中に喫茶店、コーヒー学校、SPレコード資料室、クラシックの演奏可能なミニホールなどが入っていることから名付けられた建物自体の名称のこと。
  • 喫茶村があったのは、金沢市役所の隣。
  • シンボルである風呂屋の煙突を利用したトーテム・ポールが、市役所を見下ろしていた。
  • 喫茶村の歴史は、昭和8年に前身の喫茶店「モナミ」が開店したことに遡る。
  • 20人も入れば満席になるモナミは四校(現在の金沢大生)や文学青年たちの文化サロン的な役割を果たしていた。
  • 店主の鞍信一氏が戦中・戦後に歩んできた道は北陸文化圏における喫茶店の歴史そのもの。

などなど。

閉店したのが25年前ですから驚くほど昔の出来事ではないはずなのに、ネット上にはほとんど出てきません。

ヨリックの迷い道 ヨリックの散歩道 金澤006 モナミ

ブログに書いておけばかつて喫茶村に行ったことがあるという人から貴重な話を伺えるかもしれないので、記録として載せておきます。

かなざわ喫茶村のシンボル、岡本太郎ばりのトーテム・ポールと店主の鞍信一氏

鞍信一鞍信一とトーテムポール

 

世界広しといえども「かなざわ喫茶村」に匹敵する喫茶店にはお目にかかれないだろうという文言を見て、デロリアンがあるならば行ってみたい喫茶店ベスト3に君臨しています。

かなざわ喫茶村と同じく昭和8年創業の小樽の純喫茶光が誌面に隣り合わせで載っていました。

純喫茶光は現在も営業中。

喫茶村が続いていたらどうなっていたかなと考えずにはいられません。

北陸で図書館や古本屋めぐりをしながら喫茶村の情報を調べたいと思いながら時間だけが流れていくので、金沢在住の「純喫茶とうさぎ」さんに喫茶村情報を追ってほしいな。

usagicoffee.blogspot.jp

※写真は全て昭和57年発行・月刊喫茶店経営別冊「blend」より

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最近読んだ「街を変える小さな店」という本に、1988年に閉店した映画館の資料が見つからないことへの違和感が書かれていました。

映画館と喫茶店という違いはあれど、感じる気持ちは同じなのでここに引用します。

資料を探すため、「京の記憶ライブラリ」を擁する京都府立総合資料館に足を運んでみた。

しかし京一会館はおろか、たった30年ほど前の映画館や商店に関するまとまった資料はほとんど見つからない。平安時代や江戸期の商いに関する資料については、現在でも体型立てたものが残されている。

しかし、ついこの間なくなったばかりの劇場や商店の記録にほうは、誰も気に留めないのだろうか……。

どんなに人気のあった映画館でも、なくなってしまえば記録として残るものはなにもない。

役目を終えた商業施設について記録された文献があまりに少ないことに、ある種の淋しさを覚えてしまった。

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